血中中性脂肪値を調節するメカニズムを解明

発表日時 365体育app3年12月15日(水)10:00~10:35
場所 和歌山県立医科大学 生涯研修センター研修室(図書館棟 3階)
発表者 解剖学第一講座  教授 金井 克光
         助教 伊藤 隆雄

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発表内容

概要

 私たちは、血中中性脂肪値が上昇すると血中エストロゲン値が上昇し、それが胃由来のエストロゲンの分泌の増加によるものであることを見いだした。エストロゲンは性周期の調節以外にも、摂食行動、脂肪合成、脂肪の血中への放出を抑制し、脂肪の蓄積?消費を促進することが知られている。今回の私たちの発見により、血中中性脂肪値が上昇すると胃からのエストロゲン分泌が増加し、その結果血中への中性脂肪の供給を抑えると共に、血中中性脂肪の消費や脂肪組織への回収を促進することで血中中性脂肪値を下げることが明らかになった。

1.背景

 血糖値が上昇すると膵臓からインスリンが分泌されて血糖値を下げることは広く知られているが、血中中性脂肪値が上昇したときに分泌されて血中中性脂肪値を下げるホルモンは知られていない。他方、エストロゲンは性ホルモンとしての役割以外に糖?脂質代謝、骨代謝、脳機能、筋肉成長の調節機能を持ち、女性の卵巣以外にも脂肪細胞からも分泌されることが知られている。本講座の前任教授である故?上山敬司教授*1は2002年に胃の壁細胞*2がエストロゲンを分泌することを見いだしたが、その役割は不明であった。今回私たちは「胃エストロゲンの分泌がどのように調節されるのか」に着目して研究を行った。

2.研究手法?結果

図1  エストロゲン合成には多くのエネルギーが必要であること*3、分泌された胃エストロゲンは直接肝臓に入ること、エストロゲンの肝臓での役割が糖や脂質の代謝調節であることが知られている。そこで、エストロゲンを分泌する壁細胞が糖と脂肪のどちらをエネルギー源として使うかを調べたところ、糖ではなく脂肪を使うことがわかった(図1)。  
そこで、血中中性脂肪値が胃エストロゲンの分泌に影響を与えるかを調べるために雄ラットにオリーブオイルを飲ませたところ、血中中性脂肪値の上昇に伴い血中エストロゲン値が上昇したが、グルコースを飲ませて血糖値を上昇させても血中エストロゲン値の上昇は見られなかった(図2)。図2る
さらに血中中性脂肪値の上昇に合わせて胃組織中のエストロゲン量が増えること、胃切除ラットでは血中中性脂肪値が上昇しても血中エストロゲン値に変化が見られなかったことから、オリーブオイルを飲ませて血中中性脂肪値を上昇させたときに見られる血中エストロゲン値の上昇は胃からのエストロゲンからの分泌増加によるものであることが示された(図3)。図3

 オリーブオイルを飲ませるとその吸収過程で消化管から様々なホルモンが分泌されることが知られている。これらのホルモンの分泌を回避するために中性脂肪を静脈経由で投与して直接血中中性脂肪値を上昇させても血中エストロゲン値の上昇が見られた。さらに単離した胃粘膜上皮が脂肪酸依存的にエストロゲンを合成することも確認された。
 以上の結果は卵巣を摘出したメスラットでも認められ、オス、メス共に胃が血中中性脂肪値依存的にエストロゲンを分泌し、血中エストロゲン値を上昇させることが明らかになった。
図4  エストロゲンは直接肝臓や脂肪細胞での脂肪合成を抑制すること、脂肪細胞に作用して分泌を促したレプチン*4と共に脳のNPY神経細胞*5を抑制することで摂食行動、肝臓での脂肪合成、脂肪細胞からの脂肪放出を抑制すること、脂肪細胞や筋肉による脂肪の取り込みや消費を促進すること、が知られている。私たちの結果と合わせると、「血中中性脂肪が上昇することにより胃から分泌されたエストロゲンは、外部からの脂肪の取り込みや脂肪の合成を抑制することで新たな脂肪の供給を止め、血液中の脂肪を脂肪細胞に回収し、脂肪の消費を亢進させることにより血中中性脂肪値を低下させる」ことが明らかになった(図4)。

3.波及効果

 私たちの研究結果により、これまでの脂質代謝調節の学問体系に新しい概念が追加され、脂質代謝調節の理解が飛躍的に前進することが期待される。さらに、エストロゲンを「生殖に関わる」ホルモンとしてではなく、「増えれば血中の中性脂肪を低下させ、減れば増加させる」ホルモンと見方を変えることで、エストロゲンが関わる様々な病態への理解が深まり、新たな治療法の開発が進むことが期待される。

4.掲載論文

米国時間2021年12月7日、国際誌Communications Biologyに掲載され、雑誌のトップを飾った。
題目:Stomach secretes estrogen in response to the blood triglyceride levels.
著者:Takao Ito, Yuta Yamamoto, Naoko Yamagishi and Yoshimitsu Kanai
DOI: 10.1038/s42003-021-02901-9掲載図

5.補足説明

*1 本研究は本講座前任で在任期間中に逝去された故?上山敬司(うえやまたかし)教授に捧げます。
*2 壁細胞:胃酸を分泌する細胞。
*3 エストロゲンはアロマターゼという酵素を用いて作られるが、普通の酵素は1回の反応でエネルギー源となるATPやNAPDHを1個使うことが多いのに対し、アロマターゼはNADPHを3個必要とする。
*4 レプチン:脂肪細胞が自身の脂肪蓄積量に合わせて分泌するホルモン。レプチンの受容体に異常があるマウスは脂肪の備蓄が足りないと誤認して太るため、肥満のモデル動物としてよく使われる。
*5 NPY神経細胞。脳の視床下部という部位に存在し、摂食行動やエネルギー代謝を司る神経細胞。この神経細胞が興奮すると交感神経を介して摂食行動、肝臓での脂肪合成、脂肪細胞からの脂肪分泌が活発になる。

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