ミュンヘン大学法医学研究所海外基礎配属体験記
医学部3年生 樋上 和真
私は2023年10月2日から30日まで、ドイツ南部のバイエルン州ミュンヘンに位置するLudwig-Maximilians-Universität München法医学研究所(以下「ミュンヘン大学法医学研究所」)で海外基礎配属を行いました。基礎配属において法医学教室を希望した理由は、法医学が解剖学?法医学的な知識のみならず、病理学、微生物学、薬理学など多岐にわたる分野の知識が必要とされる、非常に魅力的な学問だと感じたからです。海外基礎配属を希望した理由は、自分が将来法医学的な知識をもつ救急医を目指しており、幅広い症例を経験できる環境でそれを身につけ、将来の糧としたいと考えたからです。
ミュンヘン大学法医学研究所には28名の医師を含む約100名が勤務しており、法医解剖や検案、生体鑑定、裁判所への出廷等の業務を担当しています。特に法医解剖については、 約1280万人が暮らすバイエルン州およびその周辺地域を担当し、年間約3000例が実施されています。3台ある解剖台にそれぞれ2名以上の医師とアシスタントがつき、医師1人が所見を小型の録音機を用いて記録し、後にそのデータをもとに担当職員が書類を作成するという方法がとられていました。法医解剖1例にかける時間は短くても30分、長いものでも1時間半ほどで終了し、研究所では1日あたり最大15例が行われていました。
私は海外基礎配属に行くにあたり、3つの目標を立てました。1つ目は「様々な法医解剖の症例を経験して法医学的な知識を深めること」です。研究所での基礎配属は朝8時から夕方5時まででしたが、午後は毎日法医解剖に入らせていただき、数多くの症例を経験することができました。交通事故や高所転落の症例をはじめ、農薬の服用や銃器を用いた自殺、コカイン等ドラッグの大量服量による薬物中毒、入院中や手術中の急死事例に至るまで、約1か月間の滞在中に65例の法医解剖に参加しました。救急医を目指す私にとって、将来医療現場で出会うであろう症例を、学生のうちに法医解剖において経験できたことはとても貴重な経験でした。また、法医解剖は気管挿管が行われた状態や胸腔ドレーンが留置された状態で開始される場合も多く、医療現場で行う処置についても学ぶことができました。さらに、10月中旬に高速道路で23人の難民を乗せた車が横転し、6歳の男児を含む7名が死亡した事故があり、これに関連する解剖にも参加しました。車に乗っていた人はトルコまたはシリア出身で、ドイツが抱える難民問題の現状を目の当たりにしました。実際、現在ドイツで暮らす人々の約1/4を移民が占めており、近年大きな問題となっているそうです。法医解剖以外の時間は、研究所のデータベースにアクセスして法医解剖や生体鑑定の鑑定書の読み込みを行ったり、ミュンヘン大での法医学の講義に参加したり、裁判所への出廷に同行したりしました。
2つ目は「様々なバックグラウンドを持つ人々と交流を図ること」です。研究所においてGraw先生やMützel先生をはじめとする様々な先生方や学生と出会うことが出来ました。最も若輩者である自分に、先生方は孫や子供をかわいがるように、何でも出し惜しみなく教えて下さいました。この経験は医学生として講義を受け、試験に合格するためのカリキュラムに縛られていては決して得ることができないものだと私は考えます。総じて出会う人はその道のプロフェッショナルであり、先輩であり、自分にとってプラスでしかなかったと感じています。これは医師になってからの留学でも得られることかもしれませんが、何にでも成長する可能性がある学生のうちに、このような経験をすることは非常に大きな意味があると思います。
3つ目は「純粋な眼で世界をみること」です。ドイツと日本では住む環境からして言語、文化、食事に大きな違いがあり、毎日発見と喜び、一部のがっかり(注文したものと違う商品を渡される)などが怒涛の勢いで流れ込んできました。電車の床に犬が横たわっていたり、日曜日に買い出しに行こうとしたものの、スーパーを含む多くの店舗が休みだったり、金曜日の夕方にデータを確認していると、研究所の人に日本人は頑張りすぎだと言われたり…(ドイツでは金曜日の夕方は早く帰宅する方が多いそうです)。法医解剖中のドイツ語には苦労しましたが、医師の方に英語で説明してもらったり、臨床実習として法医解剖に参加していた医学部生に通訳をしてもらったりして何とか乗り切りました。また、1人でチケットを買ったり、買い食いしたり、雑談したりするのは海外生活において重要なので、ヨーロッパで全く生活したことがなかった自分には有意義でした。
この体験記を読んで下さっている方は、海外基礎配属に少しでも興味のある方だと思いますので、ミュンヘンでの生活について少し書きたいと思います。ミュンヘンで生活していて身の危険を感じるような場面には遭遇せず、治安が良いように感じました。Uバーン(地下鉄)、Sバーン(電車)、トラムなど公共交通機関が非常に発達しており、私も通学には毎日Uバーンを使いました。滞在中はアパートタイプのホテルを利用したので、部屋には家具や調理器具が揃っており、すぐ近くに駅やスーパーがあったので、生活には全く困りませんでした。ドイツの料理は私にとっては少し量が多かったですが、どれもすべておいしかったです。外食すると高くついたので、日本の食材を売っている店を探して、そこで買い出しをしました。基本的には朝と夜は宿で自炊をし、昼は近くのカフェでパンを買って研究所に持ち帰って食べることが多かったです。休日はミュンヘンを中心にバイエルン州の様々な都市を散策したり、国立歌劇場でバレエを鑑賞したり、少し足を延ばして首都ベルリンや隣国オーストリアを訪れたりしました。ヨーロッパは陸続きなので鉄道で隣国に行くことができるのは刺激的な体験でした。
最後になりましたが、このような貴重な機会を与えてくださった近藤先生、国際交流センターの皆様、Lisa先生をはじめミュンヘン大学法医学研究所の皆様に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。海外基礎配属の1か月間は自分の人生において最も濃い時間であったと言っても過言ではありません。この経験を自らの成長の糧として、これからも夢に向かって努力し続けます。
写真1 解剖室の様子 写真2 図書室の様子 写真3 ミュンヘン市 新市庁舎